日本三景ってどこ?

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日本人なら一度は訪れてみたい日本三景。日本三景と言えば、松島(宮城県)、天橋立(京都府)、宮島(広島県)の三カ所です。どのようにして日本三景は、日本を代表する美しい景観に選ばれたのでしょうか?

日本三景の由来

日本三景の始まりは江戸時代初頭にまでさかのぼります。全国を行脚した儒教学者・林鵞峰(はやしがほう1618-1680)が寛永20年(1643年)、自身の著書「日本国事跡考」に「松島、此島之外有小島若干、殆如盆池月波之景、境致之佳興丹後天橋立安芸厳島、為三處奇観」-「松島、此の島の他にもいくらかの小島がある。ちょうど池の水面に輝く月光の波のようだ。その景観の美しさにより、丹後の天橋立、安芸の厳島(宮島)とともに三カ所の絶景である。」と記載したことがもととなり、日本三景が定められました。林鵞峰が誕生した元和4年5月29日は現在の暦でいうと7月21日にあたります。そこで、7月21日を日本三景の日と定め、三景それぞれの地域で毎年記念行事が開催されます。

松島

松島の美しさは、大小合わせて260もの島々が浮かぶ他に類を見ない景色にあります。松島では荒波による造形美を見ることができます。260もの島には一つ一つに名前が付けられており、遊覧船で島を巡るのもよし、高台から見下ろすのもまた良いものです。島々の眺めを望むことができる絶景ポイントは4カ所あり、「松島四大観(しだいかん)」と呼ばれています。四大観はそれぞれの眺めの印象を表す名称でも呼ばれます。「壮観・大高森」からは松島を箱庭のように眼下に見下ろすことができます。「麗観・富山」では標高116.8mの山頂にある大仰寺から東南西の三方が一望できます。「偉観・多聞山」では断崖から、打ち寄せ砕け散る波のダイナミックな景観を楽しむことができます。そして「幽観・扇谷」からは松島の前景を眺めることができます。それぞれのスポットごとに見える景色が変わります。その素晴らしさは、松尾芭蕉が「松島や ああ松島や 松島や」と詠んだと伝えられるほど。春の桜、秋の紅葉など季節ごとに違った表情を見せるのも魅力の一つです。

天橋立

神代の時代、伊弉諾尊(イザナギノミコト)が、地上の伊弉冉尊(イザナミノミコト)のもとに通うため、天地を行き来するためにかけたハシゴが倒れて天橋立になった、という神話が残っています。実際には、天橋立は学術的には砂嘴(さし)または砂州(さす)という部分になります。日本海の対馬海流から派生した海流が宮津湾に砂を運びこみ、同時に内海・阿蘇海へと流れる野田川の土砂とが長い年月をかけ堆積し、海を内と外に二分する、全長約3.6㎞、およそ5,000本の松の木が生い茂る現在の姿になりました。天橋立と言えば、有名なのは「股のぞき」。腰をかがめて股の間から天橋立を見ると、天にかかる橋のようにも、龍が天に舞い上がるようにも見えると言われます。壮麗な天橋立の周囲には、「三人寄れば文殊の知恵」の文殊菩薩を祀る知恩寺、天橋立ビューランド、金引の滝などの見どころがたくさんあります。

厳島(安芸の宮島)

厳島(一般的には宮島といいます)は、広島市の西に位置する廿日市(はつかいち)市の島です。厳島(宮島)の一角に厳島神社があります。世界文化遺産にも登録されている美しい神社です。海上にそびえたつ朱塗りの大鳥居。寝殿造りの華麗な建築美を楽しむことができる神社。世界的に見ても、入り江の海中に木造建築が立ち並ぶのは非常に珍しいことです。しかも、推古天皇が即位した年(593年)に建設されたというのだから驚きです。その後、平安時代に、平清盛が現在の社殿群の基礎を形成し現在の姿になりました。海の中に建てられた神社ですが、平清盛の時代から850年間もの間、本殿内陣は一度も水没したことがありません。火災や災害の為に何度か立て替えを行っていますが、最後の立て替えからすでに440年以上過ぎています。平安時代の面影を見ることのできる貴重な建築物です。